思惟ノート

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カムタナクニ奇譚:雨止まぬ森の木々 【第9回】短編小説の集い

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

タイトル『カムタナクニ奇譚:雨止まぬ森の木々』

4,580 / 5,000字

 

 

 カムタナクニにはアマキタチという種類の樹がある。深い緑色の葉をつけ、幹は太く背も高い。とても大きな樹だ。だけどアマキタチのなによりの特徴は、雨を降らせる、というものだ。空から雨が降る時には水を蓄え、空が晴れた時には自らが雨を降らせる。アマキタチでできた森は、まるで泣いているように見える。
 
 ユンデは、おじいさんの持っていたカムタナ植物大全という図鑑を読んでアマキタチのことを知った。その本には他にも不思議な植物がたくさん載っていたのだけれど、ユンデはなんでかこの樹が気になった。樹のくせに泣く、というところがおかしく思われたのかもしれない。
「じっさまじっさまぁ。なんでアマキタチって雨を降らせるのさ」
「ん、それはなあ、そういうもんだからじゃ」
「なんだようそれ」
「アマキタチの周りにはな、水を好むものが集まるんじゃ。動物、植物、虫やもっと小さい生き物たち。アマキタチは雨を絶やさぬようにする。すると水を好むものが集まり、生活を営み、やがて死ぬ。そしてアマキタチの養分になる。アマキタチが雨を降らせるのはそういった生き物のためであり、ひいてはアマキタチ自身のためでもある」
 うーん、とユンデは首を傾げる。
「そうなのかあ……。そんだらさ、アマキタチはどうやって雨を降らせるのさ?」
「うむ、大抵の植物はそうなんじゃが、アマキタチの幹の中には根の先から枝の先までつながる細い管が何本も通っとる。そしてその管の中は地面から吸い上げた水で満たされとる訳だな」
 おじいさんは詳しい説明を始める。こういう時のおじいさんは本当に舌がよく回るのだ。おじいさんの説明によれば、アマキタチがその管を通じて枝先から水をポタポタと垂らすと、垂らしたぶんだけ根から水分が吸われる(圧がどうとか言う話をされたが、それはユンデには理解しきれなかった)。ただ、根から吸い上げる水分だけでは雨を降らせるには足りない。そこでアマキタチは空から降る雨を溜めこむのだ。葉っぱに隠れて見えないが、アマキタチの幹の上から三分の一程度は中心が空洞になっていて、そのくぼみに上手いこと雨が溜まるようになっている。
「おお〜、すごいや!」生命のしくみにユンデは目を輝かせる。「一回見てみたいもんだなあ」ユンデはカムタナ植物大全に目を落としてつぶやいた。
「ん? 何度か見たはずじゃぞ? ほれ、キセン谷から少しいった所のヤムル湖。あの側の森じゃ」
「え! あれが! 雨降ってんなと思ったら!」
「なんだお前気づいとらんかったのか」
 ユンデはしてやられたと言わんばかりに顔をしかめる。
「あの森はいいぞう。ワシが見たものの中でも一番大きなアマキタチが生えとる。さしずめ森の主じゃな」
「行ったことあるの?」
「お前くらいの頃にな」
 ユンデのおじいさんは色々なところを旅したことがあるそうだが、あまり詳しく語ってくれない。どんなものを見たか尋ねても「若い者の楽しみを奪う訳にはいかんからのう」と言ってはぐらかされてしまう。だからユンデはこう聞く。
「その森のどこに行けば一番わくわくできる?」
 
「さあ野郎ども! 今日はアマキタチの森で冒険だあ!」
 ユンデが気合を入れる。アマガエルの夏緑(なつみどり)が嬉しそうにぱちぱちと手を叩く。
「アタシたちは野郎じゃないよーぅ」
 ミモザがイヒイヒ笑いながら茶化す。その隣でにこにこ笑っているのはシロウサギの春蜜(はるみつ)だ。アマガエルの男の子にシロウサギの女の子。そしてムビの子が二人。いつもの四人が集まって冒険へ出かける。
「みんなちゃんと雨に濡れても大丈夫な格好してきたな?」
 ユンデの呼びかけに「はーい」とみんなが答える。ムビの子二人は雨合羽。夏緑はアマガエルだからいつもと同じ格好で大丈夫。春蜜はいつもと違う焦げ茶色の麦わら帽子を被っている。なんでも茶ガシラの実の汁を塗っているそうだ。茶色で汚れが目立ちにくいし、水にも多少強くなるのだ。
 ユンデは手帳を取り出し、おじいさんの言葉を読み上げる。
「土砂降りの雨の翌日、アマキタチ生える森の奥。まっすぐアマキタチの主を目指せ。太陽が南天に達したのち一刻。少し離れて主を見よ。お昼ごはんでも食べて待つんじゃな」
 おおー、とみんなが声を挙げる。こういう時はなんだかよくわからなくても驚くのが礼儀なのだ。さぁと一声、いつもの四人が歩き出す。行き先は雨止まぬ森。アマキタチの生える場所。
 
 キセン谷をこえて西へ。アマキタチの森が見えてきた。
「すごいよホントに雨が降ってるよ」
 夏緑が目を輝かせながら言う。
「アマキタチを見たものはみな木が泣いているようだと言う」
 ユンデが図鑑で仕入れた知識をつぶやく。
「しくしく」
 ミモザはアマキタチを見上げながらユンデの言葉をつなぐ。
「ここらでもう一度荷物の確認をしておきましょう」
 春蜜の声をきっかけに、みんながごそごそし始める。春蜜の背負うリュックには簡単な料理道具など。ユンデのリュックにはおじいさん直伝の冒険道具、そして飲み物。ミモザのリュックにはみんなの食料。夏緑は大事な役目があるから身軽な格好。
 ユンデはあたりを見回す。苔むした石柱を見つけ、みんなと一緒に近寄る。おじいさんの言っていた石柱だ。紋様の具合からして寂覚の作ったものだろう、とおじいさんは言っていた。さあここが森の入口だ。まっすぐ、方位磁針をたよりに西に進む。アマキタチからパラパラと雨が降る。アマキタチは背が高いので、ほんとうに空から雨が降っているようだ。
「べっちゃべっちゃべっちゃべっちゃしてるねえ」
 地面をぴちゃぴちゃと踏みながら夏緑が言う。
「さあ、夏緑。頼んだぞ」
「うん!」
 ユンデの呼びかけに元気よく答え、夏緑が先頭に立つ。その後ろにユンデ、ミモザ。最後に春蜜。年がら年じゅう雨の降るこの森では、そこかしこに水たまりがある。おまけに地面がゆるくなっているもんだから、水たまりのように見えて実は深いくぼみになっているような箇所もいくつもある。水たまりかと思って足を踏み入れて、ざぶんと頭まで沈んでしまったんじゃあたまらない。そこで夏緑の出番だ。アマガエルの夏緑なら、小さな沼に落ちてしまったところでどうってことはない。そりゃあ汚れてしまうのは嫌だけど、今回先陣を切るのは夏緑がぴったりなのだ。
 苔むしたアマキタチの根を越え、水たまりを避けながら四人は進んで行く。気をつけて進んでいても、気づけばどこかが泥で汚れている。そんな時には大きめの雨粒を降らせるアマキタチの下に行って、汚れを洗い流す。アマキタチは泣いているようだ、と図鑑には書いていた。だけど、しっとりと濡れた空気に包まれていると、ユンデはなんだか誰かに優しく守られているような心持ちになるのだった。
 時には小さなミモザを引っ張りあげなくちゃいけなかったり、春蜜が転んだりもしたけれど、こどもながらに四人は頑張った。アマキタチの根をいくつ越えたころだったろうか、春蜜が長い耳をぴくぴくと動かして言った。
「あら、水の流れる音がしますわ」
「そりゃあ水だったら上からいくらでも降ってるもんな」
 ユンデが答える。
「いえ、それよりももっと、小川のせせらぎのような……」
 みんなは春蜜ほど耳が良くないので聞こえなかったが、春蜜が言うのならそうなのだろう。何かがあるかもしれない、という思いは疲れ始めたみんなの足並みを早めた。そしていくらか進んだ時、急に目の前が開けた。沼だ。沼が広がっている。地面が一等ゆるいからアマキタチが根をはれないのだろう。そして沼を挟んで向こう側に、見たこともない大きな樹が立っていた。いや、あまりに大きいので、立っていると言うよりはどっしりと座り込んでいるようにさえ見える。
「主だ!」
 誰ともなく声をあげる。アマキタチの樹を何百本合わせたよりももっと太い幹。沼全体を覆うような葉っぱたち。降らせる雨の量も多いのだろう。そのせいでこの沼が出来たのかもしれない。それに、どこかからあふれているのか、アマキタチの主の幹には幾すじもの水の流れが見えた。小川というよりは、小さな滝と呼んだ方が正確だ。土砂降りの雨の翌日だからこそ見られる光景がそこにあった。
「すごいすごい! 滝の流れる樹ね!」
 ミモザがきゃいきゃいと叫びだす。ほんとうはぴょんぴょんと跳ねて喜びたいのだが、そうすると泥水も跳ねてしまうのでできない。わくわくが抑えられない、と言わんばかりにうずうずするミモザの後ろで春蜜がつぶやく。
「わたくしが聞いたのって、この滝の音だったんですねえ……」
 夏緑がぽかんと口を開けたままユンデに尋ねる。
「ユンデのじっさまが言ってたのってこれのことなのかなぁ。すごい、すごいねえ」
 同じくアマキタチの主に見入っていたユンデは、「うん」と答えようとしたところでハッと気づいて空を見上げた。木々のすきまから差し込む陽の光を見る。次に方位磁針を確認する。
「いや! まだ太陽は南中に入るところだ! まだじっさまの言った時間じゃない……。まだなんかあるぞ!」
 ホントに!? と言ってミモザがユンデに顔を向ける。その目はきらきらと輝き、今にも燃え出しそうだ。しかし。
「じゃあお昼ごはんの時間ですねえ」
 のんびりとした春蜜の声でみんなはお腹が空いていたことに気付く。
 
 春蜜はリュックから大きな木製の機械のようなものを取り出すと、ガチャン、ガチャンと組み立て始めた。みるみるうちに小さなテーブルが出来上がる。
「そんな重いものが入ってたんか!」
 ユンデが驚きの声をあげる。
「春蜜は力持ちだもんねえ。この中で一番力持ちなんじゃないかな?」
 夏緑がのんびりと言うと、春蜜ものんびりと答える。
「ええ、毎日ニンジン畑で力仕事してますからねえ」
 ウフウフと笑う二人を横目に、ミモザがテーブルの上で器用にサンドイッチを作っていく。お昼ごはんの出来上がりだ。ありがとう。いただきます。四人仲良くアマキタチの主を眺めながらお昼ごはんを食べる。カンモモのジュースを飲んで一息ついた後、誰からともなくアマキタチの根の上に座り込み、しとしとと降る雨の音を聞きながらまどろみに落ちて行ってしまった。
 
「わ! わ! ユンデ! 起きて起きて!」
 ミモザに揺さぶられユンデは目を覚ます。慌てて空を見る。太陽の光を確認する。南中に達したのちいくらか過ぎた後のようだ。
「違う違う上じゃないよあっちだよ!」
 ミモザがアマキタチの主を指さす。
「う、わあ……」
 ユンデは息を飲む。少し傾いた太陽がアマキタチの主の根本を照らしている。そしてそこには、虹が生まれていた。太い幹を這ういくつもの滝。枝先からこぼれる雨。そして樹の根本にかかる虹。
「うわ! すごいや」
 続いて起きてきた夏緑と春蜜も驚きの声をあげる。森の中でこんなに見事な虹が見られるなんて、誰も思っていなかった。雨やまぬ森の虹。こんな素敵なものをおじいさんは見たのか。そんな思い出を一人で隠してたなんてずるいや。ユンデはそう思いながらも、確かにおじいさんから事前に聞かされていたらこんなに息を飲むような感動はできなかったかもしれない、と感じていた。こどもの頃のおじいさんはこの虹を見て何を感じただろうか。おじいさんはこんな場所をまだいくつも知っているのだろうか。帰ったらじっさまに聞いてみよう。ユンデはそんなことを考えながら、アマキタチと太陽がつくり上げた虹の姿を見つめ続けていた。
 
 

 

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