思惟ノート

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さかふるまい 【短編小説の集い・納涼合宿】

 

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タイトル『さかふるまい』

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 手、って怖いんですよね。例えば、お風呂の扉。お風呂の扉って、何でかすりガラスが嵌ってることが多いじゃないですか。それで、誰も入ってないはずなのに、すりガラスの向こうに手のひらが張り付いてたら怖いじゃないですか。そういうことがあると、普通の手も怖くなるんですよね。
 あ、ホントにあった話とかじゃないんで安心してくださいね。ものの喩えですよ、こんな話。嘘でいいですよもう。でも何度もそういうことがあると精神的に参っちゃって。いつ来るかわからないってしんどくないですか? あと正体がわからないのもしんどい。例えば、夜寝てるじゃないですか。で、「またかな?」と思って嫌なんですけど、つい見るじゃないですか。そしたらもういい加減きちんと閉めてるのに、またカーテンが少し開いてて手がスッ、って通り過ぎるのが隙間から見えたりします。青白い手とかじゃないですよ。普通に血色のいい手です。でもうち三階だしそんなん絶対おかしいじゃないですか。なんなんですかね、なんなんだよ。ていうかいつ終わるかわからないってのもしんどいですホントに。なんでこんなことになったんですかね。
 思い当たるフシはあるんですよ? 皆さんはやらないで欲しいんですけど、あの、手を振るじゃないですか、バイバイって。顔の横で手を振ってみてください。そしてそのまま手のひらを水平に180°、くるりと回転させてみてください。顔の横で後ろ向きに手を振る感じ。そしてそれを、お化粧しながらとか何気なくでいいんで、鏡の前でやってみてください。あ、違った、やっちゃダメですやらないでください。真似しちゃダメだ。ダメになっちゃうから。でも何を考えたかそんなことをしてしまったんですよ意味もなく。そしたら、うちの洗面台の鏡の後ろがお風呂なんですけどね、さっき言ったじゃないですか、すりガラスの向こうに手があって、それでもう、ダメになっちゃって。
 そういうことしちゃダメだよ、って先生も言ってました。呼んじゃダメだよ、って。どういうところで見えるの、って聞かれたから、ガラスの向こうとかって答えました。駅のトイレの鏡とかにもたまに映ってます。でも、そしたら、先生は、ならまだ大丈夫って言ってくれました。鏡とかガラスとかはあちらとこちらをつなぐものだから、って。そういう門みたいなところを通してなら、そういうのも出てきやすいって。門を通してしか出てこないなら大したことないよって。窓ガラスの向こうとか駅ってことは、家にも入ってきてないんでしょ、安心してね、って。
 でも家に入ってるじゃないですか最初から。お風呂にいたんですよ? そしたら先生が、ああ、じゃあとにかくひかれないように気をつけてって言ったんです。肩とか足とか指先とか、引っ張られないようにしろって。背後の鏡とかベッドの下の隙間とか、普通に気をつけるべきところに気をつければいいだけだからって。
 そんなのどうしたらいいかわからない、もうあんな家いやだから先生のとこに居させてくださいって言ったんです。でも先生が、だけど駅とかでも見たんでしょう? どこにでも出るってことだから、もう無理だよ、って。とにかく気を強く持って、お前なんかに引っ張られないぞって感じで力強くきびきび動きなさい、だってさ。
 だから強く生きます。生のエネルギーを溢れさせればいいんです。ああまたなんか鳴ってる。どこかからパキッて音が鳴るじゃないですか。あれ家鳴りって言うんですよ。心霊現象じゃないんで気にしません。あーでもコツコツうるさいな。誰か窓を叩いてますね。
 とにかく真似しないでくださいね。鏡の前で後ろ向きに手を振るってやつ。髪をかき上げた時なんかそういう格好になりやすいですからね。もう少し手を振れば呼んじゃいますよ。「じょうらん」だか「ききでん」だかがどうこう言ってましたよ先生は。なんでか結局先生も真似しちゃいましたけどね。あ、スマホとかパソコンの画面も鏡みたいなもんなんで気をつけてくださいね。でも心を強く持てば大丈夫なんです。きびきび生きましょう。まあ先生も殺されちゃったし、どうだかわかんないんですけど。

 

 

 

 

 

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