今週のお題「アイス」
おっすカルキ水ですよ。
アイスっつったらあの思い出しかねぇですわ。小学生の頃だったかなあ。スーパーだかどっかでソフトクリーム買ったんですよ。ソフトクリームっつってもソフトじゃないやつね、普通のアイスと一緒にアイスケースに突っ込まれてるような固いやつ。まあ固さはともかくそれ買ったんよ。緑色のメロン味だ。
僕はソフトクリームは舐める派じゃなくてかじる派ですね。それは幼少の頃より変わっとりません。だから幼い僕はかじった。メロン味のソフトクリームをがじがじかじりながら食べた。コーンから飛び出している部分を半分ほど食べた頃だろうか。僕は大変なことに気づいた。ああ、これメロン味じゃない、抹茶味だ。
僕はうろたえた。さっきまでこれはメロン味だったのだ。なのにいきなり抹茶味に変わった。いや最初から抹茶味だったんだろうが、思い込みの力はすごい。思い込みパワー。略しておこわである。おこわにより僕の頭では抹茶味がメロン味になっていたのだ。そう、人々の夢、錬金術はここにあった。それはともかく幼い僕(クソガキ)はうろたえっぱなしだ。んふぅ……とか言ってた気がする。だってフルーティーなメロン味がいきなり畳みたいな味に変わったんだぜ?かの有名なアギル・ディルハ*1ならこう言ったことだろう。「ウシガエルのクソをハエのジャムと一緒に煮詰めた方がまだマシだぜ!」ってね。
ともかく僕はそれ以来、抹茶が飲めない。抹茶味のものも食べられない。マジで畳食ってる気分になる。ただし和菓子は好きだ。とくに白玉とつぶあんが大好きだ。そして和菓子は普通抹茶とセットだ。僕はとても損をしていると思う。つややかな白玉の食感とあんこの上品な甘さ。それらを抹茶で飲み下すことができたらどんなにか素敵なことだろう。しかしそれはもう望むべくもないのだ。
おワー(思い込みパワー)の凄さ、みんなにもわかっていたたたただけただろうか。ワー(思い込みパワー)にしてやられた思い出はもうひとつある。今夜の僕は出し惜しみしない。ランドセルについての思い出である。
これまた僕が小学生の頃の思い出だ。僕の実家はドがつくほどの田舎というか、もうドだけと言わずレミファソラシドまでつく田舎だった。つまりドレミファソラシド田舎だった。ちょうほがらかじゃん?小学校までの通学路も田んぼに挟まれてのんきなもんだぜ。
さあそこで登場するのがワイや、カルキ水や。意気揚々と登校したんじゃ。ぐねぐねくねるあぜ道を。時折意味なく駆けながら、犬のフンをよけながら。そうじゃ、ワシらが気をつけるのは犬のフンとか変な虫とか毒のある蛇とか大きな犬とか、そんなもんやった。税金とか給料とか老後とかそんなもんは埒外やった。少年時代の通学路はそういうところだったんじゃ。
いかん、感傷的なノリにする予定はなかったので話をすすめるぜ!僕は友人と一緒に通学路を進んでいった。さあ校門までもうすぐだ!というところで友人が言った。
友人「あれ?カルキくん、ランドセルは?」
ぼく「えっ?」
その瞬間、肩がふっと軽くなった。ランドセルが無い!そう、僕はランドセルを背負わぬまま校門まで辿り着いてしまったのだ。まごうことなきアホガキよ。
ぼく「あれっ?なんで?なんで?」
友人「イヒヒウフッハヒィ」
戸惑う僕を笑う友人。仕方あるまいて。仕方あるまいて。俺でも笑うわい。結局もときた道を引き返し、家までランドセルを取りに帰ったのであった。
しかし不思議なのは肩が軽くなったあの感覚。ランドセルが無いことに気づくまで確かに僕はランドセルの重みを感じていた。その瞬間まで、僕の脳内ではランドセルを背負っていたのだ。なんかこれを応用すれば大きなおっぱいにもさわれる気がする。
人類最後のフロンティア、脳。現代の錬金術は貴方の一番近くに眠っているのかも知れない……。(ズギャアアン!)
いかがでしたか?
子どもの思い込みの力ってすごいですよね。というか単に幼少期の僕がすさまじいアホだったのかもしれません。ただそれはどっちでもいいんです。とにかく僕は大きなおっぱいに触りたい。大きなおっぱいに触りたいんだ。
*1:いま適当に考えた架空の人物