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思惟ノート

天然パーマとオッサンを応援する、天然パーマによるブログ

カムタナクニ奇譚:此方彼方を分かつ影 【第10回】短編小説の集い

 

novelcluster.hatenablog.jp

 

タイトル『カムタナクニ奇譚:此方彼方を分かつ影』

4,987 / 5,000字

 

 

 カムタナクニには古来より遺された遺跡がたくさんある。中でもユンデやユンデのおじいさんたちが住んでいる東の大陸ハルシノには、いたる所に旧時代の遺物が残っている。というのも、ハルシノの歴史は遠い昔に一度断絶しているのだ。今となっては原因はわからないが、ハルシノに存在していたいくつもの文明は一度に滅んだ。そして荒れ果てた大陸にカムタナクニの各地から人々が移り住んできた。つまり、本来なら現代に受け継がれているべき技術や構造物が、伝える者のいないままに「遺物」となってしまったのだ。ユンデのおじいさんは昔カムタナクニ中を旅していたが、歳をとってからはもっぱらハルシノに散らばる遺跡の研究に日々を費やしている。
 
 その日もおじいさんは近所の遺跡に関する研究結果をノートにしたためていた。ちょうどノートに最後の一文字を書き終えた時、誰かが家の扉を叩きながらおじいさんを呼んだ。
「先生、トーガ先生!」
「なんじゃいなんじゃい。おお、カルガじゃないか」
 おじいさんが扉を開けると、ぶち猫のカルガが申し訳無さそうな顔をして立っていた。
「ああ、先生、すみません。ちょっと一緒に来ていただいてもいいですか? また水蘭(みずらん)さんとこの次男坊が何かやろうとしてまして」
「む、またアイツか」
 水蘭さんの一家はここら一帯の農業や日用品を一手に取り仕切っている。そろそろ水蘭さんもいい歳で、長男がじきに後を継ぐだろうという噂だ。それはそれでよいのだが次男坊の君足(きみたり)がやっかい者で、悪いやつじゃあないのだけれど、長男に何かとライバル心を燃やして新しいことを始めようとしては問題を起こすのだ。
「そうなんです。キナタの森の近くに小さな遺跡があるんですけど、それに手を出したようで朝から何やら騒いでるんですよ。アイツ、またやらかしゃしないか心配で、もう」
 カルガが右耳をなでつけながら困り顔で言う。
「ほう! 遺跡か、あいわかった。キナタの森ならすぐじゃな。いま支度をしよう」
 
 おじいさんとカルガは足早にキナタの森に向かう。
「して、君足が手を出した遺跡はどんなもんなんじゃ?」
「えと、かまくらみたいな形の小さな石造りの遺跡です。俺の首くらいまでの高さかなぁ。それとその周りに崩れかけの柱が何本か立ってますね」
 ふうむ、とおじいさんはつぶやく。カムタナクニにある遺跡はどんなに小さくても侮れない。現代に伝わる魔法と同等、あるいはそれ以上に不思議な力を見せてくれることだってある。
「それでですね、君足が遺跡の蓋を開いたって言うんですよ。かまくらの上の方が取れるだけみたいなんですけどね。あいつ妙に馬鹿力ありますから、蓋をこう、ゴゴッと押しのけたらしいんです。それで君足が言うにはあの遺跡は影を生むって」
「影を?」
「そう、不穏な響きでしょう? そんなものを君足にまかせてたら何が起きるかわかりゃしない」
 カルガがまた右耳をなでつける。そうこうしているうちに遺跡に近づいてきた。
「よーし! 準備はいいなー!?」
 かまくら型の遺跡のそばで茶毛のウサギがどなっている。君足だ。
「へい!」
 元気よく返事をするのは君足が農場から連れてきた手伝い達だろう。遺跡の周りに柱を四本立てている。そして柱の先には大きな円盤が据え付けられている。時折チカチカと太陽の光を反射していることから推測するに、どうやら大きな凹面鏡のようだ。
「おーい、君足ぃー! おまえ何するつもりだよーッ!」
 遺跡に向かって歩きながらカルガが声をかける。
「おうカルガ! それに先生も! まあ見てくれよ、この遺跡は太陽の光を受けて影を生むんだ! 」
 君足が地面を指差す。なるほど遺跡から延びる影は、遺跡が太陽をさえぎってできたものではない。遺跡本来の影はきちんと太陽の反対側にできている。君足が指差す影は遺跡に開いた四角い穴から出てきているようだ。その不思議な光景に、にわかにおじいさんの目が輝き始める。君足はおじいさんの嬉しそうな顔を見て得意げに話を続ける。
「蓋の中が真っ黒なすり鉢みたいになっててよぉ、多分これでもって光を集めてんだな。それでこの影、中に入ってみるとなんだかやたらに涼しいンだ。俺はこないだこの影ん中で涼んでて気づいたワケよ。お天道様の光が強くなるごとに影はじわ〜っと広がり、さらに涼しくなっていく!」
「それで光をもっと集めればもっと涼しくなると考えた訳か!」
 おじいさんが声をかける。
「そうそう! あの鏡を使ってな! これで影は広がるし中はキンキンに冷えるって寸法よ!」
「お前にしては考えたじゃあないか」
 おじいさんが言うと、君足は得意げにヒゲを引っ張る。
「うっへへへ。たまには頭を使うぞう。名付けて君足の涼影屋(すずかげや)だ! ハルシノの夏は暑いかんな、こいつで一発儲けてやんよう! さあみんな、光を集めるぞ! 助手もいいかーあ?」
「大丈夫だよーう」
 君足の呼びかけに子どもの声が答える。遺跡が放つ影の中に目をこらすと、子猫が君足に向かって両手を振っている。それを見たカルガは目を見張り、影に近づいていく。
「チッタ! お前また君足にくっついてんのか! おい君足、俺の弟に何するつもりだよ!」
「何って一番に涼ませてやろうってんじゃないか。そらみんな! 一斉照射だあ!」
 お前それただの実験台じゃないか、とカルガが叫ぶのも虚しく遺跡に光が当てられた。一斉照射とは言っても、太陽の光を上手く反射させられる位置にある二枚くらいしか鏡は働いていなかったが。遺跡が光を受けるとそこから出る影はじわりと広がり、その濃さを増していく。遺跡の目の前の野原に真っ暗な影が広がった。
 
「こりゃあ大人が百人寝っ転がっても余裕だぜえ」
 君足はそこから得られる収入を皮算用しているのだろう、グフグフと笑っている。
「おいお前勝手にうちの弟をなあ!」
 駆け寄ったカルガが君足の頭をモフモフと叩く。
「なんだよチッタが言い出したんだぜ、お給金がもらえるんなら俺の手伝いしたいってよう。心配しなくても影の中の様子がわかったらすぐ出てくるさ」
 君足が耳をぴょこぴょこさせながら答える。悪びれもしない君足の代わりに、カルガは君足の手伝い達をにらみつける。
「いやいやカルガのあんちゃん。今回はぼっちゃんもやってくれますぜ。いつになく本気さね」
 手伝いの者たちが笑いながら言うが、カルガはぶすくれた顔だ。
「こいつがぼっちゃんって歳かよ、好き勝手しやがってさ。ねえ先生、この遺跡なんなんですか?」
 カルガがおじいさんの姿を探すと、頼むまでもなくおじいさんは遺跡を調べていた。こつこつと遺跡を叩きながらおじいさんが言う。
「こいつはこの遺跡の説明書きじゃあないかあ?」
「なんだい、ただの紋様かと思ってたけど」と君足がおじいさんの肩越しに覗きこむ。
「いんやこれは枝葉文字の一種じゃないかのう。いや、違うな。ふむ……」おじいさんは紋様を見ながら考えこんでいたが、しばらくしてほうと声をあげた。「驚いた、こいつは海波文字に近いな! なるほどなるほど。この遺跡は……此方彼方を分かつ影、とでも訳せばよいかの」
「コナタカナタヲ……?」
 君足がさっぱりわからん、といった調子の声を出す。こちらも同様によくわからん、という顔をしていたカルガが急に声をあげた。
「おい、チッタはどうなってんだよ。まだ出てきてないぞ!」
「おーい、チッタ。そろそろ出てこいよお」
 君足が影に向かって声をかける。しかし、返事はない。カルガがまた君足をにらむ。君足は目をそらす。耳が妙にぴんと立っている。都合の悪い時のクセだ。
「ぼけっとしてないで影を止めろよ!」
 カルガが言うと君足は慌てて手伝いの者に声をかけた。
「おい! 鏡をくるんでた布があるだろう、あれで遺跡に蓋をしよう!」
 皆で遺跡に布をかぶせると、遺跡から出る影が弱まっていった。影が消えると、チッタはもといたのと同じ場所にぼうっと突っ立っていた。
「チッタ! 大丈夫か!?」
 カルガが近寄ると、チッタはびくりとしてカルガの方を向いた。その目には涙がにじんでいる。
「にい、にいちゃ……。おれ、おれ……」
「どうした? もう怖くないからな?」
 カルガの肉球がチッタの頭をなぜる。
「おれ、お母ちゃんのために頑張るよう。もっと……もっと楽させるんだ」
 チッタはぐしぐしと泣きながらそう言った。
「うん? そ、そうだなあ、頑張ろうか」
 予想していなかった答えにカルガはとまどう。カルガも、君足も、手伝い達も、みながみな何が何だかわからないようだった。そんな中でおじいさんだけは何かに納得が行ったようだ。
「遺跡の使い方は間違っとらんかったようだの」
 おじいさんが言うとみなが一斉にそちらを向いた。
「遺跡の周りにもとからあった柱も、今と同じように光を集める装置を据え付けるためのものだったようじゃ。そして影、これは……入ってみたほうが早いのう。チッタはもうどいた方がいい。そんでカルガ、君足もじゃ、影に入るぞ! わしも入るから安心しろい」
 おじいさんは君足を影のあった場所に押しやる。
「遺跡の説明書きにはな、内的自己への旅とかなんとか書いておった。そら、自分と語り合うんじゃ」
 おじいさんは遺跡にかぶせた布を取り払うよう手伝いの者達に合図を送る。じきに三人は影にすっぽりと包まれてしまった。
 
 影の中はひんやりと冷たかった。風の音や虫の声、木々が揺れる音はさっきまでと同じように聞こえている。だけど不思議なことに、全てが遠く感じられた。太陽を見上げると、青い色眼鏡を通して眺めたような、別の世界のもののように見えた。すべては変わらずそこにある。だけどすべてが遠くなる。そんな影の世界では、自分という存在が不躾なほどに際立つ。これまで体験したことのない圧倒的な自分の存在感に飲み込まれる。自分、じぶん、ジブン。自分はなぜここに立っているのだろう。そもそも自分とはなんだろう。記憶、疑問、未来の影。あふれ出る思考の奔流が頭の中をかき乱す。その波がおさまると思考は一本の線になり、三人の頭の中で、それぞれの形を作り出した。鳥肌が立った。
 
 いつまでそうしていただろうか。辺りが明るくなり、カルガと君足は自分たちが光の世界に戻ってきたことに気づいた。一足先に影を抜けだしたおじいさんが、再び遺跡に布をかぶせたのだ。
「おいチッタ、こっち来な」
 カルガがぼんやりとした顔でチッタを呼ぶ。
「ごめんな。父ちゃんがいなくなって、お前もずいぶん頑張ってたもんな。一緒に、一緒に母ちゃんを助けていこうなあ」
 うん、うん、とチッタが頷いている。おじいさんはそれを眺めた後、君足に目をやる。君足もカルガ同様ぼんやりとしていたが、その瞳にはいままで見られなかった光があった。
「なあ先生」
 君足が言う。おじいさんは優しく微笑む。
「この遺跡さ、やっぱり先生が名前つけてくれよ」
「いいのか、発見者のお前じゃなくて。君足の涼影屋、というのもなかなかよい名前だと思うが」
 君足がへへっと笑う。
「俺の名前もいらねえやあ。それに、先生のお墨付きとくりゃあ千客万来ってもんよ」
「商魂たくましいな」
 おじいさんは嬉しそうに笑った。
 
 家に帰り、おじいさんは新たな発見をノートに書き留める。集光装置と輝暗鉱石を利用した影の投射機、およびその心理的距離感覚の操作機能について。光を影に変換しているのは輝暗鉱石を利用した部分だろう。しかしあの奇妙な感覚世界を作り出しているのはなんだろう。おじいさんは影の中で体験したことを思い出す。若いころはカムタナクニ中を旅して回った。今は遺跡を調べて暮らしている。しかし、自分の中にこんなに広大な世界があったとは。外の世界も内の世界も、まだまだ見尽くせぬようだ。
「じっさまただいまー!」
 勢い良く扉を開けてユンデが帰ってきた。
「おお、おかえり」
「いやー今日はあんまり新しい発見はなかったや。でも見てこれ! おっきな音石ひろって来たぜ。じっさまはなんかあった?」
 ユンデが早口にまくしたてる。
「そうさなあ、君足が新しい商売を始めたぞ。内見の影屋(うつみのかげや)と言ってな、キナタの森の近くでやっとるから明日行ってみるといい」
「ほんと!? 君足にいちゃんが!? また変な商売だろうなー、楽しみだあ!」
 満面の笑みがユンデの顔に浮かぶ。おじいさんはユンデを優しく見つめる。さて、この少年は明日、自分の中からどんなものを拾い上げてくるだろうか。

 

 

 

 

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