【第0回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - Novel Cluster 's on the Star!
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「ふあ~ねみいな。だが今日も朝からいい朝だぜ!」
あくびをしながら道を歩く彼はイナバ。毎朝排尿する時に「うおお! ほとばしれ俺のストリーム!」と叫ぶのが日課の男子高校生だ。
「ややっ、そこに見えるはモノオキ君じゃないか!」
後ろからイナバに声をかけるのは、イナバの幼なじみのカズヤだ。
「俺はイナバの物置じゃないっつ~の!」
このクソ茶番劇により、彼らの一日は開幕する。
「あんま口答えしてると100人乗るぞ?」
「2人くらいが限界だって!」
イナバは激高してカズヤの喉笛を噛みちぎらんばかりの勢いだが、もちろん本気ではないのだ。
「そういやイナバあれどうなった。左手からリンゴが出るってやつ」
そう、イナバは先日左手からリンゴがポコポコ出てくる能力に目覚めてしまったのだ。
「その能力ならまだまだご健在だぜ。ホラ」イナバはポコンとリンゴを出してカズヤに手渡す。
「うん、旨い! 全身の細胞が打ち震えるような旨さだぜ!」
――それはカズヤの優しい嘘。本当はなんの変哲もない普通のリンゴだ。
「あーあ、なんでこんなことになっちまったんだろ。寝る前にちょっとリンゴ食べたいな~って考えただけだぜ? そしたら神様が夢に出てきてさあ! そんなに食いたいなら好きなだけ食わせてやろうって言ってさあ!」
「お前そんなにリンゴに飢えてたんか」
「飢えてないよ! そんなに強く願ってないのになんなんだよ!」
興奮してわめくイナバの左手からポコポコとリンゴが飛び出す。
「この料理が好きって1回言っただけなのに毎回出してくるおばあちゃんみたいだな」
「ちくしょうおばあちゃんめ!」
イナバはとりみだしている。今日もいい朝だとか言って空元気を出していたのに、気分は急転直下だ。今のイナバを落ち着かせられるのは巨万の富くらいだろう。
「まあまあ、おばあちゃんは悪く無いから落ち着けって。神様とお前の間に認識のズレがあったんだよ。ジェネレーションギャップだな」
「ジェネレーションギャップ世代……」イナバは今にも泣き出しそうだ。
「仕方ないよ。神様は神話世代で、お前は物置世代だもんな」
「俺は物置じゃあ無いってばヨォ!」
イナバの叫びが町内に響き渡り、彼のアッパーに撃ちぬかれたカズヤの体が天高く舞い上がる。夏の終わりのモーニングのことであった……。
何事もなく着地したカズヤとまだまだ不機嫌なイナバは、さながらパンを撒きながら歩いたヘンゼルとグレーテルのように、道にリンゴを残しながら学校へ向かう。
「あれっ、あそこで美少女が襲われてるぞ!」カズヤが叫んだ。
カズヤが指差す方を見てみると、なるほどすさまじい美少女だ。そしてその周りに3人の男たち。3人全員がソデの破れた革ジャンを着用している。
「なんとほんとうだ! こんな朝っぱらからお盛んな悪漢どもめ!」
イナバは怒りに打ち震えている。
「おいイナバ、お前のリンゴが出る能力でなんとかならないのかぁ!?」
「今考えている!」
――リンゴを投げつけるか? いや、多分効かない。リンゴを転がして奴らを転ばせるか? いや、多分そんなに効かない。そうだ! このあたりをこう……ギュッとすることで……!
「うおお! ほとばしれ! 俺のストリームっ!」
イナバがそう叫ぶやいなや、彼の左手から黄金色の水流がほとばしった。その奔流が、悪漢どもに直撃する……!
「そ、そのセリフだとお前の左手から大量の尿が放出されているみたいだぜ! どうなってんだ!」カズヤが狼狽える。
「説明しよう!」イナバが放水しながら叫ぶ。「今俺は左手の手首あたりにギュッと力を入れている! そうすることで俺の左手から出てくることを『運命』づけられたリンゴどもが、事前に圧搾され、リンゴジュースとなってほとばしっているのだ!」
「ナ、ナンダッテー!」カズヤが狼狽える。「そ、そんな、今の一瞬でそんな技を閃くなんて……!」
そう、イナバは戦いの中で成長する系男子だったのだ。悪漢どもは流されていった。女の子も流されていった。イナバに悪気は無かったけれど、悪漢どもの近くにいたので避けられなかった。悲しい事件かもしれない。でも、それでも、1人の少女が花を散らせるのをイナバは防いだのだ。
イナバ・16歳。彼が地球の食糧危機を救うのは、もう少しあとの物語。イナバが天寿をまっとうして食糧危機が再燃するのはさらにあとの物語。さあ、君たちも寝る前に「リンゴが食べたい」と願ってみては如何かな?
了
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